『「知りません」と言える喜び 』大倉 信 師

2022年1月9日


長男がまだ小さい頃、自分の体にあらわれた小さなホクロを指して「これは神様がつけてくれたんだね」と言ったことがあります。この幼子の一言は、大人達が束になってかかってもかなわない深さがあります。同じホクロでもそれが大人だと「いやだわ、こんなところに!」と思うのです。さらには「どうしたらこれ取れるかしら」と考えるのです。私達、大人は「ホクロ」を「神様」に結びつける心を失っています。「いやだわーホクロ、とっちゃおうかしら」と嘆くのと、「これは神様がつけてくれたんだね」と驚嘆するのでは後者のほうが、主の前に私達があるべき姿ではないかと思います。大人になるということは、責任を負うことであり、厳しい世界に生きるということです。この世界で私達「大人」は自分の力で立つということが求められ、私達もそれを目指し、それを維持することに力を注ぎます。しかし、それと引き換えに「ホクロ」から「神様」を思うことができる心を失ってしまったようです・・・。



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