「敬老の日に寄せて:神の恵みを知る者達」- ”For Respect for the Aged Day: Those Who Know God’s Grace”
2 days ago
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「敬老の日に寄せて:神の恵みを知る者達」
大倉信師
“For Respect for the Aged Day: Those Who Know God’s Grace”
by Pastor Makoto Okura

私が老眼鏡を使うようになって五年ぐらいが経ちました。話には聞いていたのですが、本当に字が見えないのです。まさか自分の体にこんなことが起こるとは思いませんでした。そして、私の周りにも同様の仲間達がたくさんおり、私たちはいつも「見えない、読めない」と嘆いているのです。このように必要に迫られて私は老眼鏡をつけるようになりましたが、ここで、また別の現実に直面しています。今度は老眼鏡をどこに置いたのか分からなくなるのです。
時々、老眼鏡が四つセットで売っていることがありますが、その理由が痛いほどよく分かるようになりました。リビング、ベッドサイド、ディスク、そしてトイレにそれぞれを常に置いておくためです。主にある皆さん、眼鏡を持って移動してはなりません。そうするからどこに置いたか分からなくなるのです。眼鏡を首にかけたり、頭の上に乗せていても、ひとしきり眼鏡を探し回った人がこの中には必ずいるはずです。
かつては見えていたもの、覚えていたこと、持ち上げることができたもの、行けていた場所、それらが失われていくことは悲しいことです。なぜ、神様はこのような肉体を私達に与えておられるのでしょうか。なぜ、私達の体は年を重ねるごとに力を失っていくのでしょうか(大倉)。
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