『増し加わる恵み』大倉 信 師


2017年10月29日

ユダヤの知恵文学の一つにシラ書というものがあり、そこにはこんなことが書かれています。

「はじめに神は人を創造され、その人を性(さが)の力に委ねられた。すなわち、それは我々が欲するならば神の戒めを守ることができるということを意味する。このことを実現するのは我々の忠実な決断と実行による。神は我々に悪をなすなと命じ、我々が罪を犯す免許を与えてはいない。神は我々に律法を防腐剤として与え、もし我々がその律法に心を傾けるのなら、悪の衝動に陥ることはない。神は人を創造された時、人の内に愛情と気質とを植えつけ、聖なる知性を我々の王座につかせられた」

書いていることは正論でありましょう。しかし、実際のところこのことは頭で分かっていながらも実行することはできないものです。そのことをしっかりと自覚していたのがパウロであり、そんな内なる自覚を隠し通すこともできたでしょうが、パウロはその心の中の赤裸々な自分の姿についてローマ7章で書いています。聖書は建前の書ではなく、本音が満ちている本です。