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『よどんだ心はきよまるのか』大倉 信 師


2017年10月15日

以前、私がまだ小学生の頃、私は近くを流れる川でよく泳いだり、魚をとって遊びました。40年以上も前のことなので、川もある程度は澄んでいました。ある日のこと、いつものようにその川に遊びに行くと、いつもは澄んでいる水が茶色に濁っているのです。何事かと思いきや、それはその川の上流で工事がなされており、大量の赤土が川に流れ込んだためであるということを知りました。その日は川で遊ぶことなく家に帰ったことを覚えています。そして、あちこちに土砂により水の中の酸素がなくなってしまったのでしょうか、魚達が水面にパクパクとその口を広げていました。中には白い腹を見せて水面に浮かんでいるものもいました。

その光景はアダムを源流とする今日の私達の世界のようにも思えます。日毎の生活を生きるのがシンドイ、霊的な精神的な呼吸困難に陥ってしまう。そして、聖書が書いているように、そんな私達の終局は死なのです。

★ 礼拝の動画は今回はありません。

●メッセージ音声

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