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『希望を語る前に、絶望について語ろう』大倉 信 師

2020年11月15日(日)


神の前に「私達は主が仰せられたことをみな、従順に行います」と誓い、神との契約を結んだイスラエルの民は、時経ずして、心を翻し、自分達に先立つ偶像を求めました。

彼らは神を知らない者達ではありません。彼らをエジプトから救い出し、紅海をわたらせ、日毎にマナを与えてくださった存在を彼らは知っていました。しかし、彼らはいとも簡単に、その神に変わって、自分達の先頭に立ってくれる偶像を望んだのです。

その彼らの望みは大祭司アロンに伝えられました。アロンはモーセの右腕であり、畏れるべきお方を知っていた人です。しかし、アロンは民の願いを聞き入れ、彼らのために金の子牛を作り、彼らの前に置いたのです。そして、彼らはその前で熱狂したのです。

神を知っている者達が、いとも簡単に金の子牛を慕い求め、その置物に神に向けるのと等しい思いを託したということ、「ノー」と言うべきことを託されている者が「ノー」と言わなかったこと、これらのことを「絶望」と呼ばずに何と言いましょう。


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